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No.065 ジョラジャ・マレーシア第2ステージ

第1ステージ、タイと同じく一番勝負を左右するシチュエーションをクリアーすることができなかった。
すぐに後半勝負という考えを捨てて反応できなかった俺にも責任はある。
チーム内では俺と涌本のみが3分半ほど遅れた第3グループ。そのほかは6分遅れた第4グループ。
気温もタイのときのように動きが止まるほどのうだる暑さを想像(期待)していたが、曇り空で完全に消耗させられるようなものではなかった。それでも他のメンバー、そしてこのレースが今季初レースだった選手には十分過ぎるほどの環境だったようで、コンペティシィブにことを運べるほどの体力は既に奪われていたようだ。それに気づけず、攻撃をきっちりとできなかったことは素直に自分のミスだと認める。

第2ステージは俺の39回目の誕生日。競技を始めて25年目ではじめて自分の誕生日にロードレースをできる。何人かの選手にも祝ってもらい、「ああ、今までやってきてよかったなぁ~~」と・・・
チームメンバーはここでなんとか俺に勝ってもらおうと士気が高まっている。俺もそれに応えようと序盤からアタックに反応するも決まらず。初日に遅れたことでここでもレースの主導権は握ることなく、危険な状況に備えるようにする。
レース中盤、中間ポイントのあとにレースが活性化。ここでコース中にあった穴にヒットし前輪を破損、そしてハンドルが少し回転しブレーキレバーの位置が適切なポジションではなくなる。
ちょうど補給を取りにいくチームメートに頼み工具を持ってきてもらい、走りながら修正。
こういう作業はヨーロッパ時代に何度か経験しているので、スピードさえ上がっていなければなんとかなる。
ホイールはカーボンリムなので長く使うには危険だが、少し亀裂が入っただけでなんとかゴールにはいけそう。そのためこのまま使用する。

数人の逃げグループができ、集団との差を広げていく。
ここからはリーダーチームのマルコポーロがどういう仕事をするのか楽しみだ。
もしかすると逃げ切りかも・・・というタイム差がつくものの徐々にその差を詰めていき、最後まで粘った飯島らもラスト10キロを切って吸収。
後半は今大会ナンバー1スプリンターを擁するマレーシアのLe Tuaがコントロールに入る。
その見事なチームワークで確実に前を仕留め、そしてゴールまでお膳立て開始。

俺たちは今回初めて向川、そして今季スキルシマノから移籍した辻貴光(辻善光の兄)をフォーメーションに加えてのスプリント体制を試してみる。
実践をイメージしたトレーニングはできるが、実践というのはほぼすべてが思い通りにいかない。だからこそ実践において試していくのがもっとも効率的。今回のスプリントでは俺がラストということでできるだけ若い選手にどういう動きをするのがよいのか、指示を出しながら攻めていく。

ラスト4キロ。レースは完全に集団でのスプリントに向かっている。
最後の発射台は監督から辻兄でいくという指示が入る。
弟とはタイでコンビを組み、どういうスプリントをするのか、そしてどういう動きが得意でなのかどういう動きが不得意なのかある程度確認できている。
だが辻兄とは初めて。
長いシーズンを戦うことを考えれば、辻弟以外の発射台を試してみるのも重要だ。
今回はチームをきっちりとまとめることのできる橋川はいない。しかしその状況を体験していれば、橋川がいないときに機能しないのではなく、いないときはいないなりの機能もできるはずだ。
だがラスト3キロほどで集団の動きが危険になったとき、俺と辻兄が集団に埋もれかける。どうも列車先頭の位置が低く、そして集団の真ん中過ぎる。
この状況で辻兄は埋まってしまうも俺に抜け道を確保し、俺はギリギリで集団から抜け出し弟に乗り換える。

ラスト2キロ、松村がきっちりと集団の混戦を抜け出し前に位置を上げるが、ここで後続が離れてしまい再び集団の中段へ。
列車先頭が抜け出しても、後方は埋もれてしまうこともあるが、今回はまさにそんな状況だ。俺は少し脚を使いながらも脱出し位置を確保していく。

ラスト1キロ。
松村も離れ、ここで涌本が集団から抜け出す。そして捕まった直後に今度は辻兄が混戦の状況を利用して集団前方へ、そしてそのままアタック。集団が伸びきらないために、意外と沈んでも這い上がってこられるのか・・・
集団のペースが少し緩んだため、うまく抜け出す。
少し俺もゆとりを持って挑めるなと思ったところで辻弟がスプリント開始。多分弟の中では兄のスピードを利用するようにして(兄が捕まって着外に終わろうとも)俺のスプリントへの行動を最優先。
俺は辻兄の次のアクションを待つような動きだったため、すぐに辻弟の動きに反応できず離れてしまう。おまけに残り距離が思っていたよりも若干眺めのスプリント。
そしてラスト400メートルの最終コーナー、少し悪い位置だったために加速させすぎてアウトコースへと流れ、ブレーキをかけざるを得なくなって最後は12位という平凡な結果で終わってしまった。優勝はLe Tuaのマナン。優勝候補ながらきっちりと抑えてきた。あっぱれだ。
辻兄も最終コーナーを先頭で抜け、あわやっ!!という状況だったが、ラストは捕まり失速してしまった。

最終コーナー前での連携がうまくいかなかったため、良い結果を残すことができなかったが、それは先の通り新しいことを試した結果なので仕方がない。
ただ、ことがうまく進まなかったとき、俺の力が強引に最善を尽くした結果にまで持って行きたかったのだが、それすらできなかったことは正直自分に対してストレスを感じる。

しかし今日のスプリントは最後まで危険だった。
いつもなら到底勝負に絡まないような位置の選手が突っ込んでくる。そのことで集団内の動きが歪(いびつ)で違和感を感じる。そのことで少し集中仕切れていないのかもしれない。
その歪だと感じた感覚、この後のステージで少しずつ大きく、そして取り返しの付かない事態を生み出していくことになる。

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